- 天丼
ぼくたちのワンルーム不動産戦争
最終更新: 2020年5月30日
ぼくはみしらぬ番号からコールを貰っていることを休憩時間に気づく。誰だろう、と思いながら折り返す。すると男が出る。
「折り返しありがとうございます。私はエクリードの河本と申します。不動産会社の物でして、保険商品の代わりに不動産のご紹介をさせていただいている会社の者でございます」
男はそう早口でまくし立てた。ぼくにはエクリードという会社に聞き覚えは無かった
「ええと、ぼくの番号はどこで?」
「はい、私達事業者の間で髙橋様のような優良なお客様の情報は常に別企業からご提供いただいておりましてそちらからでございます」
「それは私の個人情報が流出しているということでしょうか?」
「すみませんそれは私にはわかりかねまして、様々なサービスに例えばネットなどで登録致しますと時には第三者への情報提供を許諾するものも含まれていたりしまして……。もしかしたらそう言った加減ではないでしょうか」
思い返すといくつか心あたりがある。懸賞のため登録したあのサイトかもしれ無い。
「本日は髙橋様に特別なご紹介でお電話させていただきました」
「はあ、特別?」
「ええ、そうです。髙橋さんはご家族がいらっしゃいますよね?」
「ええ、妻と子どもがおりますが」
「生命保険は?」
「いちおう入ってます。少額のですが」
「失礼ですが、どのような保険に入られているか商品名などおわかりになりますか?」
「いや、わからないです。日本生命のなんかだったとおもいます」
「じゃあ、毎月2万くらい支払ってる感じですよね?」
「まあ、そうなりますね」
「でしたら、もっと素晴らしい保険商品があります。負担額殆ど増えずに、より多くの資産を残せるよなものがございます」
怪しいな、とぼくは思う。突然電話をかけてきて美味しい話があるなんて、そんなことがあるはずがない。泳がせるつもりで質問をする。
「どういったものですか? 不動産の会社さんってことなら不動産なんでしょうが」
「ええ、お察しの通りです。我々はマンションの販売をしております」
「マンション?」
「ええ、とはいってもリスクを最小限に抑えている小さなワンルームマンションですが」
「はあ。でもそれを私が仮に買ったとしても負担が増えないっていうのはどういうことですか?」
「ああ、それはとても簡単な話で、銀行からの融資を受けてご購入いただくのですが、こちらとワンルーム賃貸のお家賃がはいれば、返済しつつでほぼ毎月の負担なく資産が手に入る。というものでございます。銀行の融資はお仕事をしっかりされている髙橋様のような方しかおりないのです。つまり誰でも出来るようなものではなく、髙橋様のように限られた方にしかご紹介出来ない商品なんです」
「まあ、確かに融資は下りやすいかもですね。でもこれが保険商品というのはどういうことですか?」
「団信という仕組みが融資にはございまして、もし髙橋様が返済の途中でお亡くなりになってしまったとしたら、債務が免除になります。つまり徳政令みたいな物ですね。なので生命保険より優秀な商品と言ったのはそういうことです」
なるほど。どうやらこの河本という男に嘘をついている気配は無かった。団信はそういえば自宅購入の際加入したな。
「どうですか、ご興味持っていただけましたか?」
「ええ、まあ。興味はあります」
「でしたら、ぜひアポイントを取らせてください。詳細な物件を挟んでお話させていただければと思います。
ぼくは候補日をいくつか出す。そのうちの一番近い日に決まる。
ぼくは10年間新卒からおなじ会社に勤め続けている。
年収で言ったら1000は近い。
昨年子どもが出来たのでマンションを買ったが、郊外にしたので自身の信用力は余っていると思う。
ただまあ、まだぼくは河本を信用しきっているわけでは無かった。会って話そう。それで信用に足る人物か決める。
河本に指定されたお店は大手のファミリーレストランだった。到着したことを電話で告げると、河本が迎えに来る。ツーブロックで色黒の青いスーツを来た30代くらいの男。それが河本だった。
ぼくを席に案内すると河本は電話でもそうだったように、ハキハキと話を始め今回の投資における要点をまとめた。
①物件は新築のワンルームであること。
②亀戸駅徒歩5分と駅からのアクセスも良く、需要が高くまた資産価値も高いこと。
③あくまで保険商品としてみるべきであること。
④家賃は8万円程度。
⑤ぼくのように融資余力が高い人しか買えない。
⑥他にも5人ぐらいにお話している。
そこまでを早口で河本はまとめると、今日とりあえず見に行きます!?とぼくを誘った。
みておくのは悪くないですね。とぼくが言うと会計を直ぐに済ませ、ぼくを彼の愛車に乗せた。
車は詳しくないのでよくわからなかったが、高級車特有の匂いがした。
河本が案内したワンルームは確かに新築で、フローリングがつやつやと光沢を帯びていた。靴を脱いで部屋へ上がった時、えも言われぬ高揚感に体が包まれるのを感じた。
「欲しいでしょ」
と河本が横でささやいた。ええまあとうなずくと、
「契約して押さえておきましょうよ。ほんとに買うのはローン審査通ってからで勿論いいので」
「ただ、妻とも相談しないと」
「相談してるうちに他の人に決まるかもしれませんけど、それでいいなら。言いましたけど髙橋さんの他にも5人くらいお話してます。その人達が今日解答して、それで今日契約ってなったらもうこれは一生髙橋さんの手には入りません。それでいいなら、それは髙橋さんの決断なので否定しませんよ」
ぼくは止まる。これがほしいと思った。他の人の物になるのはとても惜しい。思い返すがデメリットも無かった。生命保険を解約すればその分の家計負担も減る。
「わかりました。契約しましょう」
河本がばんとぼくの背中を叩いた。
「正解です」
なるほど、ぼくは正解をつかんだのか。
その後家に戻り実印と通帳とそのほか河本が審査に必要といった書類を持ち出し、契約を結んだ。
決済は一カ月後とのことだった。手付金として200万円支払ったが、融資が下りなければ返金されるとのことだった。また、それは契約書に明記されていた。
「じゃあ、今日の所はゆっくり休んでください」
河本はぼくを家まで送る。その頃には妻も帰宅していた。
ぼくは今日合った話を妻に全てした。妻の反応はヒステリックな物だった。
どうして私になんの相談も無く、と怒り、なだめようとすると大声で泣いたが、何度も説明をすると最後には納得してくれた。
「生命保険の代わりだから」
その言葉は妻にも理解しやすかったようで、ギャンブルをした訳で無いことを理解してもらえた。
なので問題が起きたのはここから2週間後のことで、昔からの親友の栗原にこのワンルームの購入の話が伝わった時だ。
栗原から電話がかかってくる。
「おいおまえ、奥さんから聞いたけど完全に騙されてるよ」
「騙されてるって、どういうことさ。契約書もちゃんとしてるし物件もこの目で見た。なんの問題もない」
「そういうことじゃない」
「じゃあ、どういうことさ」
久々の電話だと言うのに、自身の決断を否定されたぼくは少しムッと来る。
「おまえ、キャッシュフローの概念しってるか?」
「キャッシュフロー?」
「おまえ、そんなのも知らないで物件買ったのか。融資あるだろ、あれの返済と固定資産税、都市計画税払って手元に残る現金のことだよ。この物件とローンの組み方だと、月々の支払いと税金を月でならした合計が7万5000円だから、8万で入居者いてやっとペイする」
「何が問題なんだよ。差し引き5000円儲かるんだろ」
「バカかお前は。入居してるときはそうかもしれないけど、空室の時はどうする? 入居募集の費用は? リフォーム代は? 全部お前の懐からでていくんだぞ。そしたら一気にクソ赤字だろ」
たしかに、とぼくは思うも、否定されるのが頭にくる。
「だとしても返済が進んで資産が増えるわけだから何の問題もない」
「はあ、お前、長期で持ってたら物件も古くなって家賃も下がるし、物件そのものの価値も下がる。20年持ったら今の半額ぐらいだよ精々。資産なんて言うけど、お前がしてるのは金をドブに捨ててるだけだ。それに」
と栗原が続ける。
「契約書聞いたけど、売主エクリードって会社なんだろ。みたけど、社歴も全然ないしで、物件調べて謄本あげたけど所有者別じゃねーか。ただの販売会社だよ」
栗原の言葉を整理しきれず、それがどうした、とぼくは言う。
「あのな。どうしたじゃないんだよ。エクリードって会社宅建免許も持ってないみたいだし、これどういうことかっていうと、中間省略って奴だよ。分かり易く説明すると、本当の所有者のグーラエステート、ここがマンション建てて、金額を決めるんだよ。例えば一部屋2000万とする。それで販売会社にばらまく。販売会社はお前みたいなカモを見つけて、2500万で契約結ぶんだよ。それでどうするかっていうと登記せずに、決済当日に全ての売買を終わらせる。お前がまず2500万エクリードに入金する。それでエクリードは2000万グーラエステートに入金する。これをすると不動産取得税と登録免許税がかからないだけで無く、お金が無いエクリードでもカモさえ見つけてくれば暴利をむさぼれるってことだよ。ようはお前は完全なカモってこと。こんなん買ったら20年後死ぬよ」
栗原の言葉を聞いていると、怒りで血の気がさっと引いていくのを感じた。
「お前さっきから聞いてると憶測ばっかで、確たる証拠無いだろ。ぼくをカモ扱いして、昔からお前はそうやって見下してきたんだ」
「こんなん引っかかるバカを見下さずにどうやって生きていけるかって話だ。でも友人としての忠告でもある」
「人の決断や家族のことに首つっこんで何が友人だよ。ほっといてくれ、契約自体は結んだんだ。どのみち解除は無理だ。お前の憶測と暴言に付き合うのは嫌だ」
「一応手付金放棄すれば解除出来るぞ」
「手付金放棄って……200万だぞ。200万ドブに捨てろってことか?」
「ああ、そうだ。これを買うってことは1000万以上ドブに捨てるってことだからな」
「決めつけるな!」
ぼくは電話越しに叫ぶ。怒りで頭がパンクしそうだった。
「決めつけてねえよ。20年後完全にお前は苦しんでるよ。あのとき栗原の言葉きいとけばなあって」
「じゃあ、みとけよお前20年後。ぼくは絶対これを買うからな。お前に言われて覚悟がきまったよ。20年後この物件がお前の想像通りにいってなかったら土下座して謝罪しろ。お前のその姿を見るためにぼくはこの物件をなにがなんでも融資つけて買ってやるよ」
はあ、と栗原の大きなため息が聞こえる。勝手にしろよ、と最後に小さく聞こえて電話が切れた。ぼくはスマートフォンを投げ捨てる。
銀行の融資は通り、あっさり決済が行われる。購入後手に入った鍵を使って亀戸の部屋に入り、フローリングの上で大の字に寝そべった。
みてろよ。20年後笑うのはぼくだ。
そう呟くとその言葉が部屋にしん、としみこんだ気がした。
20年後
あれから、ぼくと栗原の戦争は終わらない。
ぼくは肉体改造を重ね、人間だった部分は完全に消失した。栗原も同じように改造を繰り返していた。
妻と子どもは栗原が作ったチームマロンマロンのメンバーに連れ去られ、もう思い出したくも無いような方法で苦しめられ殺された。
だからぼくは仕返しに栗原の家族をぼくのチームブリッジダンスのメンバーに拷問させたし殺させた。
何十人、いや何百人ぼくたちのこの戦争で死んだのだろうか。
「お頭ア!」
ドアがばんと開く、部下だった。
「時間か」
とぼくがいうと靜かにうなずいた。
「わかった、行こう」
ぼくは立ち上がり今日も戦地に向かう。この戦いでぼくのサイコガンが栗原を爆散させるが、次の戦いに奴は修理されて戻ってくる。
もう死に方も忘れてしまった。互いに脳は常にバックアップされている。
永遠に死ねないぼくたちは、今日も殺し合っている。
ぼくたちのワンルーム不動産戦争はまだ終わらない。
