ぼくたちのワンルーム不動産戦争

更新日:5月23日


 見知らぬ番号からのコールが入っていた。休憩時間ぼくは、コーヒーを飲みながらそのことに気づく。


 公務員という職業柄、業務上の電話が携帯に入ることもないし、LINEなどのSNSでのやりとりがメインの今、プライベートのやりとりでも電話など使わない。

 なんとなく異様な予感がした。


 しかし、かかってきた番号を見ると090から始まっていたので、もしかしたら古い友人が気まぐれにかけてきたのかもしれ無かった。ちょうど休憩時間も余っていたのでその番号にかけ直した。

2コールほどして、つながる。


「はい。もしもし」

相手は名乗らない。

「あの、髙橋ですが」

「ああ、すみません。髙橋様ですね。私エクリードの河本と申します」

「エクリード?」

 全く聞き覚えのない会社だった。


「はい、そうです。不動産会社の者でして、本日は髙橋様に特別なお話があってご連絡いたしました」

 詐欺か? と一瞬思い、目の前のPCでエクリードと検索すると、不動産会社がヒットする。一応嘘はなさそうだった。


「それで、私になにか? というよりもどこでこの番号知ったのですか?」

「はい、私達事業者の間で髙橋様のような優良なお客様の情報は常に別企業からご提供いただいておりましてそちらからでございます」

「それは私の個人情報が流出しているということでしょうか?」

「すみませんそれは私にはわかりかねまして、様々なサービスに例えばネットなどで登録致しますと時には第三者への情報提供を許諾するものも含まれていたりしまして……。もしかしたらそう言った加減ではないでしょうか」 

 思い返すといくつか心当たりがある。ポイントほしさに登録したあのサイトかもしれ無い。


「本題ですが、髙橋様に特別なご提案があります」

「はあ、特別?」

「ええ、そうです。髙橋さんはご家族がいらっしゃいますよね?」

「ええ、妻と子どもがおりますが」

「生命保険は?」

「いちおう入ってます。少額のですが」

 以前、友人から紹介された保険外交員に勧められるがままに加入したものだ。


「失礼ですが、どのような保険に入られているか商品名などおわかりになりますか?」

「いや、わからないです。日本生命のなんかだったとおもいます」

「じゃあ、毎月2万くらい支払ってる感じですよね?」

「まあ、そうなりますね」

 提案されたものの値段が二番目に安い物を選んだ記憶が蘇る。


「でしたら、もっと素晴らしい保険商品があります。負担額殆ど増えずに、より多くの資産を残せるよなものがございます」

 怪しいな、とぼくは思う。突然電話をかけてきて美味しい話があるなんて、そんなことがあるはずがない。泳がせるつもりで質問をする。

「どういったものですか? 不動産の会社さんってことなら不動産なんでしょうが」

「ええ、お察しの通りです。我々はマンションの販売をしております」

「マンション?」


「ええ、とはいってもリスクを最小限に抑えている小さなワンルームマンションですが」

「はあ。でもそれを私が仮に買ったとしても負担が増えないっていうのはどういうことですか?」

「ああ、それはとても簡単な話で、銀行からの融資を受けてご購入いただくのですが、こちらとワンルーム賃貸のお家賃がはいれば、返済しつつでほぼ毎月の負担なく資産が手に入る。というものでございます。銀行の融資はお仕事をしっかりされている髙橋様のような方しかおりないのです。つまり誰でも出来るようなものではなく、髙橋様のように限られた方にしかご紹介出来ない商品なんです」


「まあ、確かに融資は下りやすいかもですね。でもこれが保険商品というのはどういうことですか?」

「団信という仕組みが融資にはございまして、もし髙橋様が返済の途中でお亡くなりになってしまったとしたら、債務が免除になります。つまり徳政令みたいな物ですね。なので生命保険より優秀な商品と言ったのはそういうことです」

 なるほど。どうやらこの河本という男に嘘をついている気配は無かった。団信はそういえば自宅購入の際、加入したな。


「どうですか、ご興味持っていただけましたか?」

「ええ、まあ。興味はあります」

「でしたら、ぜひアポイントを取らせてください。詳細な物件を挟んでお話させていただければと思います」

 ぼくは候補日をいくつか出す。そのうちの一番近い日に決まる。


 自分は確かに公務員という職業を上手く使えていないのかもしれ無かった。自身の信用を使って得が出来ているのは精々住宅ローン程度だ。

 あのとき担当者に強く不動産投資を勧められたのを思い出した。住宅ローンを引いたばかりでまたそこで新しくローンをとは思えなかったのだが……。


 月々の返済もペースがつかめてきた。そろそろ新しい不動産を、という選択は間違っていないようにも思えた。

 ただまあ、まだぼくは河本を信用しきっているわけでは無かった。会って話そう。それで信用に足る人物か決める。


  河本に指定されたお店は大手のファミリーレストランだった。到着したことを電話で告げる。ガラス越しに店内を見ているとツーブロックで色黒の青いスーツを着た男がぼくに向かって手を振っていた。

それが河本だった。


 ぼくを席に案内すると河本は電話でもそうだったように、ハキハキと話を始めた。

「まず、突然のお電話にもかかわらず今回お話する場を与えていただきましてありがとうございます」

「いえ、ぼくも興味はあったので」

 それなら良かったです。と不自然な程に白い歯を見せて河本は笑った。


「今日ご紹介する案件なんですが……」

 というと河本はテーブルの上にパンフレットを広げた。

『美しい町を出迎える美しい私達』

 白く輝くマンションの外観と共に、壮大なキャッチフレーズがでかでかと表紙に記載されていた。


「こちら弊社で開発させていただきました」

 たしかに、パンフレットの下には株式会社ミクリードと記載があった。

「新築です。駅徒歩5分でアクセスも抜群です。需要も目茶苦茶あります」

 パンフレットを開く、亀戸駅は最寄りのようだ。


「家賃は毎月8万円くらいですかね。非常に良い案件なのですが、融資の通りやすさが重要で、髙橋さんのようなステータスが高い人しか買えない案件です。非公開案件でもあるので、そう言った方にのみ絞って紹介させていたております」

 新築と言うだけあって、内装の写真もかなり綺麗だった。日差しが差し込んで真新しいフローリングがツヤツヤと輝いていた。


「ズバリ金額をお伝えさせていただきますと3200万です。高いと直感的に感じるかもしれませんが、私どもは非常に安いと思っております。こちらが、収支計算書です」

 河本はバッグから費用項目やらなにやらが印刷してある紙を取り出した。


「弊社の想定ですと、返済、金利等含め毎月8000円のキャッシュフロー、つまり手残りが髙橋様に入る予定です。そして20年後には髙橋様の資産は1500万程度増えている予定でございます」

「1500万ですか?」

 自分でも声が大きくなったのを感じる。動揺するぼくの目を河本はまっすぐ見つめた。


「あくまで、弊社の計算ですが。ただ、それに追加して、生命保険としても機能します。団信に加入いただければ、髙橋様が不慮の事態でお亡くなりになったとしても、残債は全て免除されます。なので、生命保険で今お支払いの2万も解約して手残りに含ませていただきますと、大体毎月28000円程度何もしなくても現在の収入に追加される見通しです。髙橋さん、28000円毎月収入が何もしなくても増えるんですよ。こんなこと今までありました?」

 ぼくは首をふった。


「そうでしょう。髙橋さんは公務員だ。その身分を本当の意味で使えれば何もしなくて毎月28000円手持ちが増えるだけじゃなく、20年後には1500万の利益を得て、さらに不測の事態の為の生命保険になる。わかりますか? 資本主義なんだから日本は。お金と信用に働いて髙橋さんは楽を為べきなんですよ。こんなに頑張って公務員になって毎日働いてるんだから、報われてもいいんですよ」

 ぼくは気づくと彼の言葉に流されるようにうん、うんと頷き続けていた。そして、なんとも言えぬ高揚感が体の底から湧いてくるのを感じていた。


「そうだ、髙橋さん。今から物件見に行っちゃいましょうよ」

「え、今からですか?」

「だって、見たいって目をしてますよ」

「そうですか」

「車出しますから」

 そう言うと河本は立ち上がり、手元の書類を片付けると、伝票を持ち会計へ向かう。出しますよ、とぼくはいったのだが、河本に制された。


 ファミレスから20分ほど河本の運転する車に乗った。道中では気づくと職場や妻の愚痴を彼に話していた。

 何かぼくが言う度に、「まあでも、不動産を買えば大体の問題かたづくんで」と河本は笑いながらぼくをいなした。

 到着したマンションはパンフレットと相違なくピカピカの新築だった。河本は先にぼくを下ろして、駐車場をさがした。そのうちにぼくはマンションの周りをぐるっとまわったのだが、問題の一つも見いだすことが出来ないちゃんとした造りをしていた。


「お待たせしました、中入りましょうか」

 そう言うと河本はぼくをマンションの中に引き入れた。

 オートロックのフロント、引っ越しが進んでいるのか、青いプラスチックのパネルが敷き詰められていた。

 河本がぼくに紹介した物件はこのマンションの405号室だった。

「他は殆ど売れてしまっているか、申し込みが入ってしまっているんです。ちょうど405だけがキャンセル入ったんですよね」

 そう言うと、河本は扉を開いてぼくを促した。


「ほら、見てください。ピカピカの新築ですよ」

 目の前に広がるその内装はツヤツヤと輝いていた。誰にも未だ汚されていないその部屋。新築特有のあの匂いがぼくを高揚とさせた。

 ぼくは一瞬にして虜になったのかもしれ無い。

 ――住みたい。

 とさえも感じた。


「良いでしょこれ」

 うんうん、とぼくはうなずく。

「欲しいでしょ? 買えますよ」

「ただ、妻とも相談しないと」

 はあ、と河本のため息が聞こえる。


「相談してるうちに他の人に決まるかもしれませんけど、それでいいなら。言いましたけど髙橋さんの他にも5人くらいお話してます。その人達が今日買うって言ってきて、それで今日契約ってなったらもうこれは一生髙橋さんの手には入りません。それでいいなら、それは髙橋さんの決断なので否定しませんよ。それに奥様がこう言った男のロマンを短期間のうちに理解出来るかと言うと難しいと思いますけどね」

 ぼくは止まる。これがほしいと思った。他の人の物になるのはとても惜しい。未成熟の処女のようなこの部屋。


思い返すがデメリットも無かった。生命保険を解約すればその分の家計負担も減る。

「わかりました。契約しましょう」

河本がばんとぼくの背中を叩いた。

「正解です」

なるほど、ぼくは正解をつかんだのか。


その後家に戻り実印と通帳とそのほか河本が審査に必要といった書類を持ち出し、契約を結んだ。

決済は2週間程度先とのことだった。手付金として200万円支払ったが、融資が下りなければ返金されるとのことだった。また、それは契約書に明記されていた。

「じゃあ、今日の所はゆっくり休んでください」

 河本はぼくを家まで送る。

 ――奥様には内緒にしておいた方が良いですよ。

 河本は帰り際にそう言った。


 家に帰ると妻も帰宅していた。

 どうしたの? と聞く妻に、何でもないよとぼくは首を振った。

 妻には隠し通そうと思った。だけど、こういったときの女の鋭さはすごい。一週間後、級友の栗原から電話が来る。


「おいおまえ、サユリさんから聞いたけど完全に騙されてるよ。それにひどいじゃないか内緒でなんてさ。怒ってたぞ」

 栗原は開口一番にそう言った。栗原とぼく、そして妻のサユリはサークルの同期だ。メガバンクで働く同期一の出世頭でもあって、今でもたまに連絡を取り合っている一人だ。


「騙されてるって、どういうことさ。契約書もちゃんとしてるし物件もこの目で見た。なんの問題もない」

「そういうことじゃない」

 栗原はため息交じりにそう言った。


「じゃあ、どういうことさ」

久々の電話だと言うのに、自身の決断を否定されたぼくは少しムッと来る。

「おまえ、キャッシュフローの概念しってるか?」


「キャッシュフロー? 手残りのことだろ」

「そうだよ、そこ間でわかってるなら話は早い。あれの返済と固定資産税、都市計画税払って手元に残る現金のことだよ。この物件とローンの組み方だと、月々の支払いと税金を月でならした合計が72000円だから、80000で入居者いてやっとペイする」

「何が問題なんだよ。差し引き8000円儲かるんだろ」


「バカかお前は。入居してるときはそうかもしれないけど、空室の時はどうする? 入居募集の費用は? リフォーム代は? 全部お前の懐からでていくんだぞ。そしたら一気にクソ赤字だろ」

たしかに、とぼくは思う。だけど否定されるのが頭にくる。


「だとしても返済が進んで資産が増えるわけだから何の問題もない」

「はあ、お前、長期で持ってたら物件も古くなって家賃も下がるし、物件そのものの価値も下がる。20年持ったら今の半額ぐらいだよ精々。資産なんて言うけど、お前がしてるのは金をドブに捨ててるだけだ。それに」

 と栗原が続ける。

「契約書聞いたけど、売主エクリードって会社なんだろ。みたけど、社歴も全然ないしで、物件調べて謄本あげたけど所有者別じゃねーか。ただの販売会社だよ」


 栗原の言葉を整理しきれず、それがどうした、とぼくは言う。

「あのな。どうしたじゃないんだよ。エクリードって会社宅建免許も持ってないみたいだし、これどういうことかっていうと、中間省略って奴だよ。分かり易く説明すると、本当の所有者のグーラエステート、ここがマンション建てて、金額を決めるんだよ。例えば一部屋2000万とする。それで販売会社にばらまく。販売会社はお前みたいなカモを見つけて、2500万で契約結ぶんだよ。それでどうするかっていうと登記せずに、決済当日に全ての売買を終わらせる。お前がまず2500万エクリードに入金する。それでエクリードは2000万グーラエステートに入金する。これをすると不動産取得税と登録免許税がかからないだけで無く、お金が無いエクリードでもカモさえ見つけてくれば暴利をむさぼれるってことだよ。ようはお前は完全なカモってこと。こんなん買ったら20年後死ぬよ」


 栗原の言葉を聞いていると、怒りで血の気がさっと引いていくのを感じた。

「お前さっきから聞いてると憶測ばっかで、確たる証拠無いだろ。ぼくをカモ扱いして、昔からお前はそうやって見下してきたんだ」

「こんなん引っかかるバカを見下さずにどうやって生きていけるかって話だ。でも友人としての忠告でもある」

「人の決断や家族のことに首つっこんで何が友人だよ。ほっといてくれ、契約自体は結んだんだ。どのみち解除は無理だ。お前の憶測と暴言に付き合うのは嫌だ」


「一応手付金放棄すれば解除出来るぞ」

「手付金放棄って……200万だぞ。200万ドブに捨てろってことか?」

「ああ、そうだ。これを買うってことは1000万以上ドブに捨てるってことだからな」

「決めつけるな!」

 ぼくは電話越しに叫ぶ。怒りで頭がパンクしそうだった。

 栗原は元からこういう奴だった。決めつけて見下す。自分が優秀なのを鼻にかけて。


「決めつけてねえよ。20年後完全にお前は苦しんでるよ。あのとき栗原の言葉きいとけばなあって」

「じゃあ、みとけよお前20年後。ぼくは絶対これを買うからな。お前に言われて覚悟がきまったよ。20年後この物件がお前の想像通りにいってなかったら土下座して謝罪しろ。お前のその姿を見るためにぼくはこの物件をなにがなんでも融資つけて買ってやるよ」

 はあ、と栗原の大きなため息が聞こえる。勝手にしろよ、と最後に小さく聞こえて電話が切れた。ぼくはスマートフォンを投げ捨てる。


 銀行の融資は通り、あっさり決済が行われる。購入後、手に入った鍵を使って亀戸の部屋に入り、フローリングの上で大の字に寝そべった。

 みてろよ。20年後笑うのはぼくだ。

そう呟くとその言葉が部屋にしん、としみこんだ気がした。


20年後


 あれから、ぼくと栗原の戦争は終わらない。

 ぼくは肉体改造を重ね、人間だった部分は完全に消失した。栗原も同じように改造を繰り返していた。

 妻と子どもは栗原が作ったチームマロンマロンのメンバーに連れ去られ、思い出したくも無いような方法で苦しめられ殺された。

 だからぼくは仕返しに栗原の家族をぼくのチームブリッジダンスのメンバーに拷問させたし殺させた。

何十人、いや何百人ぼくたちのこの戦争で死んだのだろうか。

「お頭ア!」

ドアがばんと開く、部下だった。

「時間か」

とぼくが言うと静かにうなずいた。

「わかった、行こう」

 ぼくは立ち上がり今日も戦地に向かう。この戦いでぼくのサイコガンが栗原を爆散させるが、次の戦いに奴は修理されて戻ってくる。

 もう死に方も忘れてしまった。互いに脳は常にバックアップされている。

 永遠に死ねないぼくたちは、今日も殺し合っている。

 ぼくたちのワンルーム不動産戦争はまだ終わらない。




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